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変な映画が観たい

しがないWEBデザイナーです。映画と音楽とデザイン関連のこと適度に適当に書きとめます。

そこのみにて光輝く 【彼女を辿る物語】

そこのみにて光輝く』の原作者・佐藤泰志41歳の若さで自らの命を絶った。

北海道は函館に生まれ育った彼の夢は「芥川賞作家になる」ことだった。高校2年生の時に書き上げた処女作『青春の記憶』は第4回有島青少年文芸賞優秀賞を受賞した。まだ若い彼は希望を胸に、そこから小説家としての第一歩を踏み出すのだ。

しかしその道は険しく、彼は生涯のうちに芥川賞5回、三島由紀夫賞1回の候補に名を連ねるも全て落選。彼の落胆は想像に難くない。

幾度となく賞の候補に挙がるも落選するその課程で、彼は次第に精神の不調を訴えはじめるようになる。

それと平行して1988年から月刊文芸誌すばるに短編『海炭市叙景』の掲載を始めるも、当初36編で構成されるはずだった作品集はそのうち半分の連載を経て打ち切りとなった。

それから約半年後の199010月、自宅近くの植木畑で首を吊り、彼はこの世を去った。

 

そして彼の死から20年を経た現在、先にも述べた『海炭市叙景』の映画化をきっかけに、不遇の作家として突如脚光を浴びる事となる。

2010年、熊切和嘉監督によって映画化された『海炭市叙景』、本作『そこのみにて光輝く』等々彼の作品は格差社会の底辺を生きる人々の生活をえぐり取った、リアリズムとロマンティズムの狭間で揺れ動く陽炎のように儚げだ。

地方都市に生きる人々の閉塞感や生きづらさがドキュメンタリーのように生々しく感じられる一方で、ファンタジーのように夢幻的な読後感は何とも希有な存在感だ。

読者たちは、職にあぶれたり、夢を持てなかったり、思い出したかのように生きる事の意味を考えたり、絶望した次の日にはそのことを忘れてしまったりする自分を少しずつ重ね合わせる。

バブル真っ只中の90年代では受け入れられなかった数々の物語は、鬱屈した現代を生きる人々の心にピッタリと寄り添い、読む者を惹きつけているのだ。

佐藤が書いた唯一の長編『そこのみにて光輝く』もそうだ。

 

主人公の達夫は過去のある事件がきっかけで現在は無職となり、悪夢に魘されながらも無気力な日々を過ごしている。

だがある日、パチンコ屋でライターを貸した事をきっかけに拓児という青年と出会い、達夫の単調な生活が代わり始める。人懐こい拓児とすぐにうち解ける達夫。拓児を通じて知り合った姉・千夏とも徐々に距離を縮め、また少し達夫は変わる。

ストーリーだけを追っていくと王道ラブストーリーのようにも聞こえる。ハートフルなヒューマンドラマのようにも聞こえるかもしれない。

しかし登場人物たちはそれぞれ決して他言できない澱を抱え、まるで海辺の見捨てられたあばら屋のような虚しさの中に生きている。

佐藤泰志の産み出す人物たちは、常に暴力や貧困によって傷つけられた人生の敗残者のような人々だ。どうしようもなく腐って見える人間でさえも何かに傷ついている。

しかしそんな観ているだけでも辛い話の中でも、何故か希望を捨てきれないのだ。小説の中での淡々とした人物描写は、客観的でありながらも読者や登場人物を決して突き放すことがない。つかず離れずといった距離感は、ギリギリの縁に立たされながらも手をしっかりと握りしめられているような、銷魂と安寧だ。

そういった、どこにでもいる何でもない人間に対する微妙な距離感は映画においても損なわれることはない。寧ろ文字だけでは感じられなかった感情の荒々しさが、よりストーリーを際立たせ観客と登場人物の距離を近づけているようだった。

その一端を担うのは、主人公の達夫を演じる綾野剛を始めとする俳優陣の好演に他ならない。中でもヒロインの千夏を演じる池脇千鶴の、まさに体当たりの演技は観るものを圧倒し、また魅了してありあまるものだった。彼女ほど知名度がある女優が「まさかここまでやるとは」、と驚きを隠せない。

呉美保監督も後に「観ている人に千夏に惚れて貰いたかった」と語っていたが、そのねらい通り、この作品を観た誰もが彼女について語らずにはいられないのだ。

肉感的な背中や二の腕、強い訛りにぶっきらぼうな言葉、そしてまっすぐな瞳とあどけなさが残る顔つき。成熟した大人の女性に少女のような脆さが同居したアンバランスな雰囲気は、「そこ(底)」でしか生きられない女性の悲哀を余すことなく表現していた。そんな彼女の存在は物語に華を添えつつも、決して現実離れしないリアルな女性として成立している。

この悲劇とも取れるストーリーに、登場人物の苦悩と葛藤に、その全てに打ちのめされそうになった観客たちは、ラストシーンで見せる彼女の溢れ出るような情感に触れることで束の間の安堵を覚えるだろう。そしてきっと、達夫のように泣きそうになりながら、そっと彼女に寄り添うだろう。

最後に映し出される『そこのみにて光輝く』という極めて特徴的なタイトルバック。繊細で、神経質そうな、けれど暖かみのあるそれは、佐藤泰志の直筆だ。映画に生まれ変わった作品に自らの息吹を吹き込み、作品は完成する。

彼の傷ついたかのような筆跡に千夏の面影が重なる。この作品が千夏という女性を辿る物語だったように感じるはずだ。

 


そこのみにて光輝く (The Light Shines Only There) 2014 予告編 ...

 

そこのみにて光輝く (河出文庫)

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海炭市叙景 (小学館文庫)

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