町山智浩映画Q&A『バーン・アフター・リーディング』
2014年3月1日に武蔵野公会堂で行われた『町山智浩映画Q&A』に行ってきました。
(イベント詳細 | 町山智浩の「映画Q&A 2014春」 | ラジオデイズ)
「書起しはダメだけど、ブログにまとめるのは良いよ」との事でしたので、すごく面白くて為になる話だったので自分なりにまとめておこうと思います。
そして一気にまとめられないので1本づつまとめます。
【テーマとなった映画】
- 『バーン・アフター・リーディング』
- 『ザ・マスター』
- 『ストーカー』
1.『バーン・アフター・リーディング』
タイトルの意味
このタイトルには複数の意味があるとのこと。
- 「読んだら燃やせ」➡極秘文書としての意味合い
- 「バーン(Burn)」➡”焼く”は焼き増し、コピーの意味
- 読んだ(見た)後に焼き捨てたくなるほど下らない内容
タイトルだけでも色んな事が表現されてたんですね。
二人のCAI職員は神
地球へのズームインで始まり、終わりは地球からのズームアウトで終わるこの視点。
これは 衛生 衛星でCIAが事の始まりから終わりまで全て監視していた、誰が何をしていたのか全部見ていたという事。
つまりは比喩的に神の視点を表しているとのこと(またCAI職員二人の会話は『素晴らしき哉、人生!』での神の会話を連想させる)。
そして、二人の最後の会話で「何故こんな事になったのか全くわからない」という台詞は、人間の行いや、その結果も神ですら予想がつかないものなのだということを表現しているのではないかとの指摘。
そーか、CIAて本当に 衛生 衛星で監視したり盗聴したりしてるんでしたか。
そういう情報知っていたとしても、あまり作品と繋げて観る事ができないのがちょっと悔しいところです。
コーエン兄弟の作品の根底には必ずユダヤ教の教えがある
コーエン兄弟の作品は常に皮肉たっぷりで不条理な作品が多いが、それはユダヤ教の宗教観が影響しているとの事。
不条理な状況にばかり陥ってどんどん悪い方向に話が進む、コーエン兄弟の作る世界観はまるで「なにもしていないのに悪い事ばかり起きる」ヨブ記がベースにある。
そして本作ではユダヤ教概念の一つである「コヘレトの言葉」が連想される。
「コヘレトの言葉」とは、一般的には知恵、正義、女性、家族、財産、信仰、これらが幸せをもたらすものとされているが、実はこれらは欲望を刺激するだけで、満足することは決してないのだという思想。
つまり何をやっても結局は無駄、ということ。
宗教観まで絡んでくるのかーーーー。
それは知識として全く知らなかったので 驚きでした。宗教について知っていると作家性にまで言及できるのですね。
ベースになっているのはオズの魔法使い
本作のベースには恐らく『オズの魔法使い』があるとのこと。
まず、ジョージ・クルーニー演じるハリー・ファラーは出会い系サイトにハマる連邦保安官。
本来であれば”強い男”の象徴である保安官だが、実は今まで銃を撃った事も無いような気弱な男として描かれているため、彼は臆病なライオンを表しているという。
また、ブラッド・ピット演じるチャド・フェルドハイマーは体を鍛える事しか能のない筋肉馬鹿。彼は脳みそが空っぽな案山子役。
そしてティルダ・スウィントン演じるケイティ・コックスは、非情な冷たい女として描かれている事からハートのないブリキ男を表しているとの事。
そこで肝心のドロシー役は誰かというと、フランシス・マクドーマンド演じるリンダ・リツキ。
整形して美しくなる事でより良い人生が手に入ると信じている彼女は、”虹の彼方のどこかに(Somewhere Over The Rainbow)”よりよい場所があると夢見ているドロシーなのだという。
そして駄目押しの一役がジョン・マルコヴィッチ演じる”オズボーン”・コックス。つまりは彼がオズの大魔法使いを表している。
しかも 本作には至る所に緑色が多用されており、それもエメラルド(緑)・シティを表現しているのだろうとの事。
いやぁ、この解説には会場もざわついてた。それは普通に見てたら全然気づかないよ!!
でも言われてみれば全くその通りなのでぐうの音も出ないですね。
エンディング曲の内容
で、最後にちょこっとエンディングの話。
エンディング曲はthe fugs の「CIA Man」という曲で、CIAを面白おかしく批判した曲らしいです。
歌詞の内容が過激。
概要部分に歌詞が乗っているので興味がある方は読んでみると楽しいです。
取りあえず1本目のまとめは終わります。
次は『ザ・マスター』についてまとめさせていただこうかと。